医薬品開発において、開発品の価値を最大化することは製薬会社にとって非常に重要です。それによって競合他社との差別化が図れ、リスクを抑え、上市後の優位性を維持することができ、収益性向上に繋がります。
しかし、医薬品開発には多くの不確定要素が存在し、開発品の価値を最大化することは非常に難しい課題です。そのため、開発段階で正しい開発戦略を決定するために、市場調査を実施したいとの相談を受けます。
医薬品開発は複雑で長期にわたるプロセスであるため、開発戦略を策定する際には多くの不確定要素を予測し、リスクマネジメントを行うことが必要です。製薬会社は、開発品の価値を最大化するために膨大な投資と時間を費やしています。
開発段階で適切な開発戦略を選択することは、将来の収益に大きな影響を与えます。
市場調査を通じて、顧客のニーズや市場のトレンドなどの情報を収集し、それを基に開発戦略を立て、価値の最大化するための市場調査の事例を7つのステップにわけて解説を致します。
クライアントが抱える課題と調査実施のメリット
今回の事例において、開発品の評価の市場調査を依頼したクライアントが抱えていた課題は、以下の通りです。
■ まだ定まっていないTPP(ターゲットプロダクトプロファイル)にもとづく正確な評価の実現
■ 不確定要素が多い中で、10年後の市場予測に加え、リスクを組み入れた柔軟な予測の実現
■ 開発品への投資価値を最大化するための適切な開発戦略の策定
これらの課題は、実は医薬品開発において多くの製薬会社やバイオテック企業がが抱えている課題です。初期段階の開発品のTPPはまだ定まっていない中で、製薬会社は開発戦略を定めなくてはなりません。
ひとつの解決策として、市場調査から必要な情報を収集し、分析をし、開発戦略を立てるケースがあります。それでは、このような不確定要素が多い段階でどのように市場調査を勧めていくのでしょうか?
今回の市場調査の事例と方法論は、30年以上に渡って製薬業界で活用されています。データ解析方法そして、フォーキャストとリスク分析の方法論として高い評価をされ、多くの製薬企業でも実際に活用している方法論でもあります。もし、同じような開発戦略で開発品の将来予測、市場調査をご検討の場合は、まずは、Insights4の「市場調査コンサルテイング」サービスへご相談下さい。提案依頼書の書き方から発注まで、失敗しない市場調査の依頼方法をサポートします。
市場調査によって得られたメリットとは?
製薬会社の開発品は実際に物理的なサンプルはありません。そのため、ターゲットプロダクトプロファイル(TPP)を活用します。今回の依頼に対して、対象国での一次調査を含む市場調査を実施、二次調査で得られたデータを組み合わせて、依頼された開発品の評価を実施しました。
今回の市場調査では、実際に以下のような3つのメリットをクライアントが得ることが出来ました。
■ 開発品価値の最大化。そして、クライアントが想定した以上の潜在的な価値が明らかに。
■ 十分な質と量の市場調査を通じ、想定したTPPでの開発品を評価出来た。
■ 不確定要素を踏まえた10年後の市場予測に加え、ありうるリスクのインパクトが明らかに。
それでは、クライアントが必要とした得たメリットをいかにして導き出したのか、今回の市場調査の方法論の解説を7つのステップで解説を致します。
市場調査プロジェクト事例の背景
グローバル市場で開発品の導出を検討中
今回依頼の製薬会社は、自社での創薬に力を入れている中堅の製薬会社です。比較的新しい段階にある新規化合物で、国内では自社販売を目指し、海外では導出する戦略をとっています。自国以外での営業拠点を持たないクライアントとしては、どのような条件でライセンス契約を結ぶかは常に重要な開発戦略です。
クライアントは、導出の最も有利な導出のタイミングを調査依頼の開発品でも検討をしています。社内では今すぐ導出するべきという意見とリスクをとって自社でしばらく開発を継続するべきとの声もあり、判断が分かれています。
競合がひしめく疾患領域での10年後の市場は?開発品の市場での評価は?
今回対象としている調査地域は、欧州5か国と米国です。自己免疫疾患を対象としてファーストインクラスのユニークな作用機序をもちます。効果の高い治療薬がひしめく競争が激しい疾患市場である一方で未だに解決されていない高い医療ニーズもあります。
対象市場が10年後どのような市場であるかの予測は不確定要素が多く、難しい中で、導出の交渉には、同開発品の評価と売上予想情報が必須です。今後交渉をするパートナー候補に対しても市場調査に基いた説得力のある評価分析情報を必要としています。
市場調査7つのポイントを解説
1. シナリオ分析
10年後の疾患領域の市場を想定するにあたり、適切なシナリオ分析が必要です。一方で、それらのシナリオは、現時点で予測することは非常に難しいため、シナリオを策定するに当たり需要な要素は何かを選択肢、その要素に沿ってマトリックスでシナリオを分析します。
それらの要素の変動によってどのようなシナリオが想定されるか、クライアントの製品の市場でのポジションを探ります。
コスト、剤形、競合数などを念頭に置き、それらの要素が10年後の市場の動向にどのような影響を与えるのかを見いだします。これらのシナリオは、市場の予測の際の変動要素として活用されます。
2. TPP作成
製薬会社の市場調査の対象の開発品は消費財のように調査対象としての「モノ」は実際に手にとって見ることができないので想定される医薬品のプロファイル「TPP(ターゲットプロダクトプロファイル」を活用するのが一般的な方法です。
今回の市場調査分析では、様々な不確定要素に対応できる柔軟な市場予測をするにあたり、調査対象のサンプルとしてのTPPを3種類作ります。
■ Base TPP:現時点で想定できるベーシックなTPP
■ Low TPP:現時点で想定される最低でも達成可能なTPP
■ High TPP: 現時点で想定できる最良のTPP
予測や分析はこの想定される3つのTPPの情報の中でされます。TPP策定の際の大切なポイントとして、クライアントの合意を得ることと、調査対象サンプルとして明確な表現やデータを活用していることです。
3. 市場調査実施
製薬会社にとって開発品の市場調査をする際の対象は多くの場合、医師、KOL(キーオピニオンリーダー)です。これらの対象に対して調査をする場合、求める調査内容によって2つの調査手法があります。
定性調査と定量調査によって以下のような内容を引き出します。
市場調査の方法論の骨子
■ 現状の対象自己免疫性疾患での治療実態とアンメットニーズ
■ 治療対象となる患者セグメントの分類
■ 治療方針を決定するうえで最も重要と考えるファクターを導き出す
■ 今後10年間の治療の変化への意見、トレンド
■ クライアントの治療薬の競争力、弱み、機会
■ 投与対象となると思われる患者グループの同定
■ 想定されうる価格設定
4. 感度分析でリスクを可視化
不確定要素が多い疾患市場の予測は非常に困難ですが、柔軟にそれぞれの不確定要素に対応することが大切です。不確定な要素の中でも、リスクを把握し、それらのリスクが市場や調査対象の開発品にどのようなインパクトを及ぼすのかは、調査で得られた情報を感度分析の手法で解析をします。
リスクのインパクトが多い場合、そのリスクへの対応によって売上予測にも大きな振れが生じます。感度分析では、これらの要素を影響が高い順にリスト化し可視化しますが、このチャートが竜巻のように見えるので「トルネードチャート」とも言われます。
なお、感度分析は必ずしもリスクのみでを抽出するのではなく、市場の外部要因などの不確定要素を変動要素として抜き出します。機会損失とリスクを回避するメソッドと言えます。
5. 売上予測
3つTPP、それぞれで売上予測
この段階で、10年間の売上予測をするための情報は調査を通じて収集されています。
まずはリスクなどの変動要素を除いたシンプルな売上予測をします。この予測では、ベースのシナリオ、プロファイルでのピーク時の売上がいくらで、どのタイミングなのか、通常の市場予測で導かれるデータが得られます。
不確実性を考慮した売上の「帯」
開発戦略をするにあたって製薬会社では、様々な不確定な要素に対応する必要がありますので、シンプルな売上予測だけでは、起こりうるリスクや市場の外部要因の変動などに十分対応できません。例えば、競合品が「開発を中止」した場合は自社品にとってはポジティブに、競合品が「より高い臨床結果を発表」した場合はネガティブなインパクトとして予測に大きく影響を与えます。
不確定要素に対して売上予測をする場合、それらのすべての不確定要素が起こりうる範囲で予測をする必要があります。そのために、確率分布分析を使います。この分析では調査で得た仮説に基いた売上ポイントをすべて算出します。この手法はモンテカルロシミュレーションと言いますが、結果として、売上予測ポイントは各TPPごとに、点の集合体、つまり帯のような形で予測値は表されます。
この帯で平均値は、最もポイント数が大きい売上として仮説の基準値として活用されますが、不確実的要素のコンビネーションによって、平均値より高い売上、低い売上の場合があります。
これらの帯には無数のデータポイントがあり、ばらつきがありますが、予測の仮定条件で、この帯の外の売上予測は確率的にありえないことも言えます。また、端にいけばいくほど確率的に少なくなりますが、どの範囲の確率にその予測値があるかはパーセンタイルという表現を使います。
例えば、10%タイルというと帯の最小値から10%の位置にあることを示します。通常、10%タイルや90%タイルになると分布としてのポイントも少なく、可能性としては低いものの、リスクや条件によってありえる予測値とも言えますし、製薬会社は、基準値のみならず、これらのポイントもあり得る予測として考慮する必要があります。
6. 各フェーズでのNPVで価値を算出
製薬会社が医薬品を開発するためには研究開発費が必要です。開発段階では、臨床試験のコストが膨大です。そのため、開発品の価値を算出するには、その投資額を差し引くことで現在の価値であるNPVを導き出します。NPVは、開発品のプロジェクトとしての評価指標とも言えます。
通常NPVは、時間価値も考慮に入れますので、開発品が初期になればなるほどNPVの価値は下がります。これは、上市のタイミングが来年と10年後であれば、来年販売できる製品の価値が単純に高いことになります。今回の事例では、開発初期段階の化合物でしたが、第1相、第2相、第3相が成功した場合、失敗した場合でのNPVを算出することで、クライアントの意思決定をサポートしています。
医薬品業界の開発品の予測には不確定要素としてのリスクとともに、臨床試験の成功確率などを考慮する必要があります。臨床試験の成功と失敗により医薬品の価値もリターンも大きく変動をします。
7. 提案:コンサルがクライアントにした最終提案
本プロジェクトの最後には、提案を含む最終プレゼンとエクセルのモデルが提供されています。
モデルは、統計の専門家とシステムの専門家がモデル作成に携わります。プロジェクト終了後もクライアントがパラメーターの変更を加えることが出来るユーザーフレンドリーなモデルを提供、今回のプロジェクトにおいても、モデルは、最終報告文書の一つとして提供しております。
今回の調査によって、クライアントの開発品が対象としている自己免疫性疾患における現状と今後の課題と市場動向が明らかになりました。
想定した3つのTPPそれぞれにおいて、どのようなリスクが想定され、そのリスクの程度を明らかに示します。調査によって、この新規化合物の今後の開発の進め方によって、クライアントが想定した以上の価値が潜在的にあることも明らかになりました。
いくつからあるリスクにおいては、バイオシミラーを含め、価格戦略がリスクファクターとしても非常に高いことも認識されました。競合品が自社品よりも上市となることも、大きなリスクであり、開発のスピードが、この化合物の価値を高めるには重要なファクターであることが認識されました。一方で、上市のタイミングが競合品より早まることで、どの程度の機会となるのかも、具体的な数値で示されています。
これらの調査内容から、開発品の価値をより高めるためには、すぐに導入検討するではなく、臨床計画に比較試験を組み入れるなど若干の変更を加え、リスクを取るものの、自社での開発を進めた上で導出をすることで、開発品の価値を最大化できることを提案しました。
これに対し、クライアントは、自社で治験をすすめ、これらの治験結果を加えることで、更に化合物の価値を高める開発プランを選択することを決めました。また、導出か、開発継続かの社内での議論に関しても、調査結果と分析内容をもとに、社内コンセンサスを取ることが出来ました。
7つのステップで解説した開発品評価事例、いかがでしたか?
今回は、開発初期段階にある化合物の価値の評価と、その情報をいかに開発戦略に活用できたのか、実際の事例に即してプロジェクトをお知らせいたしました。
初期の化合物はNPVでの価値の評価では、承認、上市のタイミングがずいぶんと先になるのでどうしても低く評価されがちですが、適切なタイミングでライセンス契約を行うことは、自社の開発品の価値を最大化することでもあります。導出ありきでの開発にとどまらず、スクと売上予測をすることで、より強固なデータをもとに開発戦略の方向性を定めるためのプロジェクトを紹介いたしました。
開発品評価に関する市場調査の相談はこちらから
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